現在(2014年)、日本は世界で唯一高齢化率25%を超えた国である(世界平均は8%)。しかしながら、グローバル高齢化により、2050年頃には多くの国が高齢化率25%を越え、世界平均も18%となる(WHO予測)。その頃、日本は40.5%超と予想され(平成23年高齢者社会白書)、「老化先進国」と呼ばれる所以である。「老化先進国」日本では、健康長寿者増加の一方、寝たきり・フレイルの増加という、「高齢者(老化)の多極化・多様化」が観察される。「老化の多様性」は、臨床、基礎研究分野にとどまらず、社会・経済にも大きく影響し、社会全体の適切な構造変革を必要とし始めている。もはや、時間軸だけで「老化」を定義することは、現状に合わない(「高齢者の再定義」2017年日本老年医学会提言)。
「老化の多様性」を議論する一助として、近藤は「寿命の進化論的考察」を提唱している(近藤祥司「老化という生存戦略 ~進化におけるトレードオフ」日本評論社)。人類は約600万年前にサルから進化し、その頃のヒトの寿命は、サルとほぼ同様の20歳前後と想定される。一方、1900年頃の先進国でのヒト平均寿命は40-50歳である。よってこの600万年の過程で人類は、20-30年程度寿命延長に成功したと考えられる。この間、進化上獲得された生理的恒常性が、人類の寿命延長に貢献したと推定される。しかし、100年後の21世紀では、日本を含む先進国の平均寿命は75-80歳程度であり、さらなる20-30年の寿命延長に成功したと考えられる。この爆発的な寿命延長の原因は、環境因子改善が多くを占める。
このような進化論的考察より、ヒトの寿命は「50歳以降は遺伝的にプログラムされていない」という仮説が生まれたと推測される。実際に、前者の50歳までに正に働いた獲得形質が、50歳以降で負に働く現象が多く報告されており、「老化は進化とのトレードオフ」の結果とも考えられるようになった。
もし「老化は進化のトレードオフ」なら、高齢者は若年時(或いは人類進化時)の生理的恒常性とは別の生存戦略を獲得しなければ、健康維持できない可能性がある。便宜上、それを「老化恒常性」と近藤は呼ぶ。「老化恒常性」は、若年者の持つ生存のための基本的「生理的恒常性」(血糖値や血圧維持など)とは異なり、各個体内の老化の程度・種類とのバランスの中で絶妙の着地点として形成されているのであろう。以上のような進化論的考察を深めた結論として、「老化」したときに初めて顕在化する「恒常性」の存在を、我々は意識せざるをえない時代に突入した。その解明こそが、21世紀エイジング研究の使命でもある。
本研究室のテーマは、以下の大きく二つの柱からなる。
我々は、2001年より一貫してストレス老化(若い細胞でも様々なストレスにより老化する事)の研究に従事してきた。ストレス老化は細胞癌化を防ぐ生体防御機構の一つと考えられている。ストレス老化抑制cDNAライブラリースクリーニングの結果、長寿遺伝子として、解糖系代謝酵素の一つであるホスホグリセリン酸ムターゼPGAMを単離し、報告した(近藤他、Cancer Res 05, 近藤他、Drug Disc Tod 05, 近藤他、Antioxi Redox Sig 07)。
一方、解糖系亢進は多くの癌細胞で観察され、「ワールブルグ効果」と呼ぶ(Warburg 1930)。低酸素で誘導される転写因子HIF-1(Hypoxia Inducible Factor-1)が解糖系酵素の多くを直接制御することより(Iyer他、Gen & Dev. 98)、ワールブルグ効果は固形腫瘍内低酸素条件に対する環境適応と従来解釈されてきた。しかし酸素20%条件下でも培養癌細胞が解糖系亢進を示す点は、HIF-1では説明できず、謎だった(Gatenby他 Nat. Rev. Cancer 04)。我々は、老化の観点からのPGAM制御機構解明を目指した。老化を誘導する様々なストレスにより、PGAMはPak1キナーゼによるリン酸化修飾を受け、その後ユビキチンリガーゼMdm2(がん抑制遺伝子p53をユビキチン化することが知られている)によりユビキチン化され分解されることを見出した(JCB 2014)。
さらに我々は、PGAMモデルマウスの解析より、発癌における解糖系代謝亢進においてPGAMの「非酵素」機能が重要であることを見出しました。PGAMと結合する新規蛋白質としてChk1キナーゼを見出しました。従来、Chk1は細胞増殖のブレーキとして働くシグナル伝達因子として知られていました。本研究では、PGAMとChk1の結合は、通常細胞ではなく癌細胞で、よく観察できる。PGAMとChk1が結合する条件では解糖系代謝が亢進し、逆にその結合を阻害すると癌の増殖や解糖系代謝が低下しました。興味深いことに、PGAMとChk1の結合による解糖系代謝亢進には、PGAMの酵素活性は関与しない。以上の結果より、「癌細胞において、PGAMの非酵素活性として、PGAMとChk1の結合による解糖系代謝亢進」を見出した(T Mikawa et al. iScience 2020)。
PGAM-Chk1結合による協調的解糖系代謝制御のイラスト(ウチダヒロコ様提供)
我々は、沖縄科学技術大学柳田充弘教授との共同研究で、ヒト血液メタボローム解析を続け、新手法を報告した(Murakami et al. PlosONE 2014, Chalekis et al Mol Biosys 2014)。我々は全血メタボロームと呼べる新しい手法により、赤血球のメタボライトも計測可能となった。その結果、特に、老化マーカーと呼べる14メタボライトを見出し、最近報告した (Chalekis et al. PNAS 2016)。これらのうち、6個はRBCに豊富なメタボライトであり、11個は新規報告であった。これら成果は、世界14か国以上のマスコミで報道され、一定の反響があった。
従来ヒトは飢餓に対する適応能力が高いと言われており、さらに最近モデル生物ではカロリー制限や飢餓による寿命延長効果が注目されている。しかし、ヒトの長期飢餓での網羅的代謝変動やその効果は謎のままだった。我々は、メタボロミクス による網羅的ヒト血液代謝物解析により、4人の若者での58時間絶食の代謝影響を検証した。驚いたことに約3日間の絶食により、120個以上のメタボライトの中で、3分の1以上の44個の上昇が観察された。その中には、従来知られていたエネルギー補給関連代謝(カルニチン、ケトン体や分岐鎖アミノ酸)の活性化以外に、抗酸化物質上昇、ミトコンドリア活性化、プリン・ピリミジンを含むシグナル伝達系活性化など、多彩な代謝活性化が判明した。これらの中には、我々が2016年に報告した老化マーカーと呼べる老化で減少するものも含まれていた。以上の結果は、今まで知られていなかった、飢餓による若返り効果の可能性を示唆するものであった。本研究成果は、2019年1月29日に英国の国際学術誌「Scientific Reports」にオンライン掲載された。
老化先進国日本では、平均寿命が延長される一方、寝たきりや要介護者の増加が危惧されている。「フレイル」は、2014年にその定義が提唱された新しい疾患概念であり、「筋力低下(サルコペニア)」「認知症」「運動器症候群(ロコモティブシンドローム)」「低栄養」など、「寝たきり予備群」と呼ばれる集団の総称と呼べるも。フレイルの要因は、①肉体的理由(筋力低下、認知症など)、②心理的理由(うつなど)、③社会的理由(独居など)など複雑だ。近年、フレイルは増加傾向にあり、その医療負担が増している。フレイルは、単に「寝たきり予備群」と呼ばれるだけではなく、救急車での再入院率・易転倒率が高いなど、医療・介護負担が非常に高いが、その病態の多くは解明されていない。
我々は、今回19名の高齢者(平均84歳)集団を用いて、フレイル・非フレイル群間の網羅的血液メタボローム解析を行った。フレイルでは、認知機能障害と運動能低下の両面が重要と考え、フレイル診断に認知機能や運動能での分析も加えた。その結果、131個のメタボライトの中から、15個のフレイルマーカーを見出した。これらのメタボライトは血中に非常に豊富であることが知られており、抗酸化物質や一部のアミノ酸の減少が含まれていることも明らかになった(Kameda et al., PNAS 2020)。